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水をめぐる小さな旅12
釧路湿原 丹頂鶴のすみつく谷地(やち)
9月末の大地震が釧路を襲った1週間後、訪れた湿原は、もう晩秋の装いだった。想像を超える広大な湿原の空を、赤い頭の丹頂鶴が飛んでいった。湧き水が生む湿原は、微妙な生態系が絡み合いながら成り立つ貴重な自然だ。1980年、日本で初のラムサール条約登録湿地となり、釧路湿原の保護の必要性が国際的にも明らかにされた。そして、今年1月、施行された「自然再生法」に基づき、釧路湿原は保全と再生に向け、一歩を踏み出した。
水の大地、釧路湿原ならでは濃密な霧
何という、水の大地の壮大さ

その面積1万6千ヘクタール。日本の湿原総面積の60パーセントを占める湿原は、東京とその近郊の人口密集地域の大半が飲み込まれてしまうという。ものすごい広大さである。釧路湿原は、約1万年という膨大な時間をかけて、海と大地がせめぎ合いながら生まれた湿原なのである。だから、塘路湖には、今もイサザアミという海にすむ海老が生息をしているそうだ。鏡のように点在する湖沼郡。確かに大昔、ここは一面の海だったにちがいない。
甦った湿原の神、丹頂鶴

北海道東部に1年中生息する丹頂鶴は、アイヌ語でサルルンカムイ。サルは湿原の意味で、湿原の神なのだ。明治時代に、乱獲された丹頂鶴は絶滅状態となったが、大正の末ごろになって十数羽が発見された。湿原の奥に生息し、凍らない川で餌をとってかろうじて生き残っていた。人間が支えることで彼らは甦った。農家の人たちは、乏しい自分たちの食料を切り詰めて鶴に与えた。ちょうど半世紀前のことである。丹頂の数は次第に増え「今年は、きっと千羽鶴です」というほどになった。
つがいではなく親子の丹頂鶴

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