北安曇郡小谷村や白馬村、そして戸隠村にはさまれた山里。鋸歯状にそそ立つ大岩壁と山の稜線に囲まれた奥裾花渓谷は、太古のさまざまな地層が重なり合い、深く切れ込む秘境だ。何万年と営みを続けてきたぶなの原生林、「母なる木」にはぐくまれたきれいな水、豊かな大地。林下の湿原地帯には、雪解けを待って純白の水芭蕉が競うように咲く。本州一の大群落として。 |
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「きなさ」耳慣れない音の響きは不思議な余韻を残すが、鬼が無い里と、漢字を並べた語感はさらに意味ありげだ。さもありなん。この土地には、伝説、伝承が数多く残っているそうで、地名は京の都から流された鬼女、紅葉の伝説に由来するという。戸隠を訪れたことも、白馬へはスキーに幾たびも通ったこともあるのに、すぐ山向うにある鬼無里村を、ついぞ知らないできてしまった。ましてや、そこに水芭蕉の広大な群生地があることも、太古からのぶなの森が生き続けることも。 |
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水芭蕉といえば、歌にも歌われるほどに尾瀬が有名だが、鬼無里の群落が発見されたのは、昭和39年。製薬会社がぶな林の伐採と運搬のための道路を、昭和30年に開くまでは、この辺りは人跡未踏の地。不帰谷と呼ばれていたそうだ。それもそうだろう。渓谷の両側は、奇岩、巨岩がごろごろ。裸岩が露出して、ただならぬ様相を呈している。六百万年から二百万年前ごろは、ここは海の底だったのである。しかしそれにしても、山深き地に人知れず咲く水芭蕉を発見した人は、さぞ感動して声もなかったことだろう。 |
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